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福島原発被災地に通うきっかけとなった光景|雪深い山の上で暮らす犬たち

被災地飯舘村、犬猫の暮らす庭で抱いた違和感

(2012年2月19日)後に深く関わる猫の「うた」が暮らしていた家の縁側。ボランティアの置いたフードと猫ベッドが、住人の痕跡を上書きしていた。

2012年2月19日

それまで人の暮らしの痕跡を意識したことさえありませんでした。
しかし、それが失われると目に映る光景はまったく違うものになります。

荒れてはいないけれど人の手が入っていない庭。
しばらく開け締めされていない扉、主人を失った縁側。
見た目は同じようで、人が暮らしていた頃と違って見える光景。
一軒また一軒と飯舘村の犬猫を訪ねる先々で、薄れゆく人々の痕跡が事の重大さを伝えてきました。

加えて、車通りが消えた村内、時折すれ違う車両はパトカーばかり。
平時ではないのメッセージが、至るところに刻まれていました。
はじめての飯舘村訪問で勝手のわからぬ私は、居心地の悪さを抱え続けていました。

はじめて会った被災地で暮らす人々

ある庭で出会った「いいたて全村みまもり隊」の車。
みまもり隊の存在を知らなかった私は、庭に入ってくる軽自動車を目にして緊張しました。

車から降りてきたのは、数人の村民。
原発事故で被害を受けた人たちです。
彼らとどう接すればいいのか、その答えを持っていなかった私の居心地の悪さに輪がかかりました。

しかし、村民たちは気さくでした。
すでに犬猫にフードを運ぶボランティアの存在を知っていた村民は、私たちを怪しむことなく声を掛けてくれました。
車のナンバープレートを見て
「ずいぶん遠くから来てるんだね」
遠方から犬猫のために飯舘村を訪れている、私たちの行動を不思議がっていたものの、犬猫のいる家の情報を教えてくれました。
当時はまだ犬猫の情報が十分ではなく、村民からの情報は貴重でした。
拍子抜けするほど明るく和やかな村民との出会いに、私は少し心が軽くなったのを覚えています。

とはいえ、村民ひとりひとりが深い傷を負っていたはずです。
農業と畜産が主要産業だった飯舘村。
原発事故の被害を受けた村民の多くが、故郷での暮らしだけでなく生業も失っていました。
何人かの村民から心の内を聞く機会を得たのは、この日から何年も経ってからです。
私が飯舘村に通い続けるうちに村民と打ち解けたのもありますが、原発事故から1年も経っていない当時、村民の傷はまだ生々しすぎたのかもしれません。

いいたて全村見守り隊
2011年6月に発足。避難区域となった飯舘村の防犯のために結成されたが、原発事故の被害で生業を失った村民の収入を確保する役割もあった。
発足当時、みまもり隊に参加したは350人ほどの村民は、飯舘村の臨時職員として採用された。
20ある行政区ごとに班にわかれ、1日3交代24時間体制で村内を巡回した。
初年度の予算はおよそ8億円。そのうち6億円が人件費に充てられた。
※みまもり隊参加者の平均年齢は不明ですが、参加者のほとんどが高齢者というのが私の印象。

山の上は大雪。そして、犬たちに出会う

みまもり隊の情報を頼りに車を走らせます。
S字カーブをいくつか登ると、雪が激しく落ちてきました。

阿武隈山系の高原地帯にある飯舘村の標準的な標高は400m前後。
村内で最も高い「花塚山」は918.5m。他にも標高600から800mの山がいくつもあります。
同じ飯舘村でも、標高の高い場所低い場所で天候が大きく変わります。

山の上の庭で、5頭の犬に出会いました。

(2012年2月19日)

こんこんと降り積もる雪の中、無人の庭で人の姿を見て大喜びする犬たち。
フードは雪に埋もれ、水入れには厚い氷が張っていました。

飼い主の避難後、犬たちはどうやって生きてきたのか?

いったい何が起こっているのか?

この日、私はいくつもの想像を超える光景に出くわし衝撃を受けました。

この日はじめて飯舘村を訪れた私は、ほとんど何もわかっていませんでした。
眼の前の現実に、思考より感情が敏感に反応していました。
犬猫の被害を知らなかったとはいえ、これまで彼らに何もしてこなかったことを申し訳なく思いました。

そして、その後も私の足は自然と飯舘村へ向かうようになりました。

何度か飯舘村を訪ねるうちに、5頭の犬の飼い主はいいたて全村みまもり隊に参加しており、1日おきに飯舘村の自宅に戻っていると知りました。
飼い主が戻らない日は、みまもり隊が犬たちを訪ねていたそうです。

5頭の犬たちのうち、写真手前の3頭はボランティアに保護されました。

(2012年2月19日)

5頭の犬の近隣で出会った2頭の犬も、保護され飯舘村を出ました。

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>Call my name 原発被災地の犬猫たち

Call my name 原発被災地の犬猫たち

2014年にスタートした「Call my name 原発被災地の犬猫たち」の展示は、日本国内で20回以上、台湾、中国でも開催してきました。 2023年3月に中国で写真集が出版される予定です。 はじめて原発被災地の犬猫を訪ねてから11年余り、250回以上現地に足を運びました。2018年秋からはほぼ毎週の犬猫訪問を続けています。 この活動はみなさまのお力添えに支えられています。私の活動にご賛同いただけましたら、カンパやフードのご支援にて応援をよろしくお願い致します。